人工血管内シャント


人工血管内シャント 1

 内シャントとして使用できる患者さん自身の血管、とりわけ皮膚表面から直視できる皮下静脈が荒廃してなくなってしまった状態の方がいます。

 このような場合でも多くは皮膚表面からは認識しにくい奥深くに隠れて静脈が存在しています。
 その時は人工血管を皮膚直下に留置して動脈と奥深く隠れた静脈の間をつなぎ、透析にはこの動静脈両者の間をつないでいる人工血管を穿刺して使用するという人工血管使用の内シャントを作成する場合があります。

 しかしこの人工血管内シャントは明確な原因はいまだ不明ですが人工血管と患者さんの静脈をつないだ部分を中心にかなりの確率で内腔が狭くなる狭窄が発症し、経皮的カテーテル治療である
PTAなどで定期的に狭い部分を拡張する必要がある場合も多々見られます。
 また人工血管は患者さんの体にとって異物ですので、万が一感染がおこった場合には抗生物質などの内科的治療では治癒困難であり、外科的に感染した異物を取り除いて新たなバスキュラーアクセスを再建する必要があります。

 異物感染は適切に対応しないと患者さんの生命を脅かす状態になる事も珍しくありません。これらの合併症が人工血管では自己血管を使用した場合より頻度も重症度も高いので、一般的にはできる限り患者さん自身の自己血管を使用した内シャントを作成するように心がけ、どうしてもやむを得ない場合に人工血管を使用するようにします。中には多少無理をしても、何としても人工血管の使用を避けるといった事を方針としているアクセスサージャンとよばれる専門医の先生も私の知る限りいらっしゃいました。

 こうした努力もあって、本邦では
2008年の学会での実態調査において人工血管内シャントは全国平均でバスキュラーアクセス全体の7.1%にとどまっていますが、これでも最近の透析患者さんの高齢化や糖尿病などの合併症を持つ患者さんの増加により前々回の調査時では5%であったものが徐々に増加しているのが現状です。

本邦におけるバスキュラーアクセスの種類とその割合:日本透析医学会  我が国の慢性透析療法の現況(20081231日現在)より引用




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 バスキュラーアクセスのガイドラインにおいても、また現場の実感としても内シャントは患者さん自身の自己血管を使用した自己血管内シャントを第一選択としてできる限り維持する必要があることは全く異論のないことだと思います。

 長期にわたる患者さんの安心安定した透析生活、さらには生命に対する危険を考えるとやむを得ない場合を除きできる限り人工血管の使用を控えるといった医師を含む医療スタッフの努力が、徐々に増加している人工血管の使用をかろうじて抑える力になっていることは間違いありません。
 しかし、それ以上に重要なことは、患者さん自身が正しい正確な知識を持って透析スタッフとともに歩む姿勢であると思います。

 人工血管内シャントは穿刺が容易であり、最近はシャント作成直後から使用が可能な材質の人工血管も一般的になって日帰り手術では頻用され、いわば透析にかかわる医療者、スタッフにとっては合併症さえ起らなければ当面の面倒が少なく極めてありがたい存在です。
 この事実は、もし医療を提供する側の論理のみで透析医療が運営された場合、容易に人工血管を使用した内シャントに頼る傾向に陥る危険を孕んでいると言えます。

 患者さんがご自身で透析を受けておられる施設において、ご自身や周りのお仲間の方々を見回して、その施設において人工血管内シャントをお持ちの患者さんの割合が2割を超えるようであれば全国平均と比べ明らかに高い割合を占めることになり、そこに何らかの理由が存在する可能性があります。

人工血管内シャント:患者さんの前腕にループ状にになった人工血管が皮下に埋め込まれている。




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 人工血管内シャントが占める割合があまりにも高い場合に考えられる理由はいくつかあります。

 以下はあくまでも私の経験から導かれた推測と感想であり、それ以外に私の考えが及ばない理由が存在するかもしれません。
 また、多くの場合は患者さんや施設、スタッフなどが置かれている状況においてはやむを得ない理由であろうと思います。しかし、自らが置かれている環境が、じつは全国平均と比較して極めて特異な状態にあることすら知らないのであれば、特に医療スタッフには現状を改善する努力を払う姿勢が求められると思います。

 大きな問題は積極的に透析医療にかかわっている外科系の医師の絶対数が少ない事です。

 無論バスキュラーアクセスに対して十分な知識と経験を持った方であれば内科系医師もこれに含まれます。
 これらの実際に手術を行う医師はアクセスサージャンとよばれますが、その数が透析に実際かかわっている医師の中でも非常に不足しているため、すべての患者さんのバスキュラーアクセスに直接細かく目を行き度どかせることは不可能である現実があります。
 多くの患者さんは自身のバスキュラーアクセスに問題が起こった場合、施設のスタッフや担当の先生を介してバスキュラーアクセス専門医、アクセスサージャンの診察を受けて治療してみえると思います。このアクセスサージャンを自施設で抱えていない透析施設が圧倒的に多く、トラブルがあるたびにアクセスサージャンを擁する他施設での加療を余儀なくされる場合が多いと思います。

 このことはすぐに解決できる問題ではなく現状ではやむを得ないと思いますが、問題は普段患者さんが透析をしている施設の担当医、スタッフにどれだけバスキュラーアクセスの重要性に対する認識と正しい知識、患者さんへの啓発が行われているかという点にあります。各透析施設におけるバスキュラーアクセスへの問題意識が問われるのです。

 バスキュラーアクセスに対する知識を得る機会も少なく、したがって興味も高くはならない施設においては、どうしてもバスキュラーアクセスにかかわるトラブルをそれができる他施設に丸投げでお願いすることになります。丸投げ自体はやむを得ない場合も多く、決して悪い事ではないと思います。
 しかし問題はトラブル処理を頼んでくる施設にバスキュラーアクセスを維持していくうえでの必要な知識や、なによりも熱意がないと依頼された施設のアクセスサージャンは何とか人工血管の使用を回避して患者さん自身の血管を使用した内シャントを苦労して作成しても、穿刺しにくく使いにくいなどの理由で受け入れられずにむなしい思いをする事があります。依頼してきた施設のスタッフから変なシャントを作る下手な先生とのレッテルを張られれば、二度と依頼されることもなくなります。

 この点、人工血管を使用すれば穿刺は容易で多少技術的に未熟なスタッフであっても問題なく使用できますから、依頼してくる施設のスタッフのうけは自然と良くなります。まれなケースとは思いますが、患者さんにとって良い事かどうかという本来最も重視されるべきことが二の次になってしまっている場合も残念ながら中にはあるように思います。

人工血管に発生した血管瘤:透析の穿刺に伴うトラブルなどで人工血管が破れて血管の瘤(コブ)ができる場合がある。破裂すると大出血を引き起こす危険がある。




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 人工血管を回避するために何とか苦慮したうえで患者さんの自己血管で作成されたバスキュラーアクセスの中には未熟なスタッフでは穿刺に苦労するようなケースも存在します。

 作成した外科系医師本人が穿刺できないようなものは論外ですが、多少非定型的であっても患者さんにとっての必要性が理解でき、穿刺のための技術を磨く向上心とその必要性を患者さんに説明できる熱心さがスタッフにあれば、多少は苦労を伴っても長期的展望に立った透析生活の上からは結果として得るものが大きいことを患者さんも納得いただけると思うのです。

 患者さん自身も何度も穿刺されるのは苦痛ですし簡単に穿刺できるシャントを求めることは十分に理由のあることです。いつまでも穿刺困難が続くようであればシャントそのものの問題は否定できませんが、患者さんのために努力する姿勢のあるスタッフがいれば、患者さんにもその必要性を理解いただいて共に前進していくことができると思います。

 すなわち、バスキュラーアクセスのトラブルを依頼する施設は、ただ丸投げをするのではなく、普段からお願いする関係にある施設やアクセスサージャンと密に連絡を取り、新たに作成または再建されて戻って来られた患者さんのバスキュラーアクセスを適切に使用、維持していくための施設の力量を高める努力が必須であるはずです。患者さんにも十分説明して納得いただくことが必要です。何といっても普段から接している透析施設のスタッフこそが最も患者さんの身近にいて頼られる存在なのですから。

 それらが欠けた状態での丸投げでは、依頼された方も依頼してきた施設のバスキュラーアクセスに対する管理能力が全く分かりませんから、ついつい誰にでも穿刺可能で、患者さんではなくてスタッフに喜ばれる人工血管に頼ることも多くなることは避けられないと考えます。お互いに不幸の連鎖が続くことになりますが、一番の犠牲者は患者さんです。依頼される施設は、決して好きで必要以上に人工血管を使用しているわけではないと思います。

 

パッケージに入った使用前の人工血管:使用前の人工血管は清潔を保つためにパッケージに滅菌をされて入っています。




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 一般論ですが、いったん人工血管を使用した内シャントを作成してしまうとそれが閉塞したとしても同じ側の腕に患者さん自身の自己血管を使用してのシャントを作成しなおすことはまず困難です。

 ですから最初が肝心で、どうしてもやむを得ない場合を除き最初からいきなり人工血管を使用することはできる限り慎むことはバスキュラーアクセスにかかわるアクセスサージャンの間では常識となっています。
 私が現在かかわっている複数の施設のうち、人工血管の割合が3割を超えていた2施設は約5年かけてようやく全国平均の1割以下にまで減らすことができました。昨年から新たにかかわることになったこれも某地域内に属するある施設はやはり3割弱の人工血管内シャントを持つ患者さんがおいでになり、このため定期的な経皮的カテーテル治療である
PTAが繰り返し必要となる事もありますが、その割合を減らすにはこの先数年を要すると覚悟しています。

 人工血管の重篤な合併症には感染があります。

 中でも
MRSAとよばれる一般の抗生物質が効きにくい細菌に感染した場合、この細菌は組織を破壊する性質があるため動脈と人工血管との吻合部付近に感染が及んだ時は深刻な事態になる場合があります。すなわち動脈との吻合部が自壊、つまり破壊されて破綻し、大出血を起こすことがあります。
 そうなる前に感染の兆候を見つけたら人工血管の場合は迷わず外科手術に踏み切る必要があります。しかし動脈吻合部付近に感染が及んでいる場合は、異物である人工血管を完全に取り除くと吻合してあった自己動脈に大きな穴が開くことになります。手術自体も癒着などのため大変困難なのですが、動脈にあいた大きな穴をそのままにすることはできません。

 特に
MRSA感染の時には組織が破壊されているので穴を直接縫ってふさいだり、人工物で穴を補てんしたりすることはできません。自身の血管などの組織で補てんして縫ったりすることも不可能な場合が時にあります。外科医は常に想像されるあらゆる事態に対応できる準備、すなわち万が一の時のセイフティーネットを自分の中で用意しているものですが、この場合はやむを得ず動脈そのものをしばってしまうという方法をとることがセイフティーネットになり得ます。
 動脈をしばってしまうとその先に血液がいかなくなり、最悪組織の血流不全から壊死という深刻な状態になり得ますが、多くは動脈の本幹をしばっても横道である側副路という血液の流れがあれば、止むを得ない場合はしばってもよいとされています。
 幸い私自身はいまだ経験がありませんが、そのような場合にはしばる動脈の末梢側からの動脈血の逆流があるかどうかを確かめてからしばるつもりです。末梢側からの動脈血の逆流があるということは側副路血管を介してしばる動脈よりも末梢に動脈血が流れて行っていることを表すと考えられるからです。

 ただし、上腕の真ん中より中枢すなわち腋(ワキ)方向の体幹に近い側の動脈をしばると側副路が不十分であるために末梢側の血流不全を起こす危険があると考えられています。
 最悪腕を切り落とすことにもなりかねませんからことは重大です。このため私はやむを得ず人工血管を使って内シャントを作成する場合でも、動脈と人工血管の吻合部は決して肘から見て上腕3分の1より腋のところ、体幹である中枢の部分には作らないことにしています。万が一の感染の時には悲惨な結果になる事も予想されるからです。ちなみに人工血管と静脈との吻合部に関してはこの限りではありません。静脈は側副路が多く、体幹に近い中枢、たとえば腋あたりで太い静脈を結紮しても一般には大きな問題にならないからです。

感染した人工血管内シャント:感染が生じた場合、患者さんにとって異物である人工血管の一部または全摘出が原則である。矢印の部分が人工血管に生じた膿が皮膚を破って自然に排出された噴出孔になる。

 




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 表現はやや悪いですが人工血管の使用を避けるために患者さん自身の血管を使い倒すといった変則的な内シャントを作成することもあります。

 ごく一般的な内シャントは橈側皮静脈とよばれる親指側に存在して肘から肩までほぼ一直線で皮下に存在する静脈血管と、橈骨動脈という脈をとる動脈を手首付近でつなぎ合わせるものです。これに対し変則的な内シャントはたとえば前腕において尺側とよばれる小指側に存在する血管を使用したり、四肢の奥深く深部に存在する静脈を一度皮膚の下に持ってきていわゆる表在化を行ったうえで動脈とつないだりする方法などが例としてあげられます。
 変則的なものですので、当然初めから用いられる方法ではなく、スタンダードな自己血管内シャントに比べると欠点も存在しますが、人工血管の使用を回避するための有用な手段の一つです。

 たとえば前腕尺側の血管、尺側皮静脈を使用した内シャントは血管そのものがあまり周りに枝を出さない血管のため皮下で動きやすく、穿刺することが難しい血管です。
 位置的にも患者さんがあおむけの状態では穿刺しにくい位置に存在する血管であり、うつぶせになっていただいて穿刺するなどの工夫をする施設もあるようです。つなぐ動脈もスタンダードな橈側にある橈骨動脈と比べて深く複雑な走行をしており、手首より
10cm程上にさかのぼると静脈とつなぐことはまず困難になります。このため静脈の方を5-10cm程度ブラブラに剥離したうえで前腕をまたいで尺側の反対側である橈側まで皮下にトンネルを作って剥離した部分の尺側皮静脈を通し、あらためて橈骨動脈とつなぐという方法もよくとられます。

 文章では想像しにくい難しいことになりますが、変則的でやや複雑な手術を要することはお分かりいただけると思います。深部に存在する血管を皮膚の下に持ってきて表在化を行う事と同じような手技ですが、もう少し時間もかかり複雑です。表在化するために行う皮膚の切開も一般には大きなものになります。
 またこれらの変則的な血管を使用した内シャントは、その後もスタンダードな内シャントに比べるとシャント血管が狭くなりやすく、術後に経皮的カテーテル治療の
PTAを必要とする場合も多くみられます。しかし、このPTAと併用することによって、スタンダードな内シャントと遜色ない維持期間を得ることができます。

 そこまでして人工血管の使用を避けるべきかどうかについては考え方の違いもあり、また個々の患者さんの状態によって考えるべきことで議論はあります。
 しかしたとえばステロイド剤といった免疫を抑える薬などを長期に服用されていて、万が一感染症が発症するとかなりの確率で生命の危機に及ぶことが考えられる患者さんなどでは試みるべき方法です。ただし、繰り返しになりますが変則的な自己血管内シャントはそのままでは決して使い勝手が良くない場合も多いので、使用する施設スタッフの努力、患者さんの理解が必要なことはいくら強調してもしすぎることではなく、またこのような変則自己血管内シャントが今一つ広く普及しないのはこの点にもありそうです。

変則的な自家血管使用による内シャント
:かろうじて内シャントとして使用可能と判断された正中に存在する皮下静脈(名称不明)を、以前作成されている旧内シャントの動脈吻合部付近で新たにつなぎなおしてシャントとしての血流を確保した例。患者さんは長期にわたってステロイド剤を服用中の方で、人工血管の使用は感染をおこした場合、重症に陥ることが懸念された。





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 人工血管など異物を用いたバスキュラーアクセスはできる限り回避する。
 この大方針に間違いはありません。しかし、現実にはどうしても人工血管などの手段が必要となる患者さんがいることも確かです。長期にわたって血液透析を受けておられ、これまでの経過からすでにバスキュラーアクセスとして利用できる自己血管が皮下には存在しなくなってきている患者さんが代表的です。

 この点からは、一度自己の血管で作成されて使用可能となったバスキュラーアクセスをできる限り維持することが人工血管を避ける有力な方法となってきますが、そうすると
PTAに代表される予防的治療の必要性が問題として出てきます。

 必要十分な予防治療の難しさは指摘されるところですが、できる限り必要十分という理想に近づけるためには患者さん自身も含めたチーム医療、日々透析に当たるスタッフのバスキュラーアクセスに対する意識の高さがやはり一番重要です。
 アクセスの専門医ではあってもバスキュラーアクセスサージャンだけではどうすることもできません。ポイントは的確に早めに問題を見つけて専門家であるアクセスサージャンに気軽に相談できる体制を構築できるかどうかにあります。個人の能力ではなくシステムの問題です。タイミングは極めて難しいのですが、もう少し早く相談されたら患者さん自身の血管を利用して今回もバスキュラーアクセスを再建・維持できたのに、タイミングが遅れたために血管内の血栓除去などを行っても自己の血管を再利用することは困難と判断され、やむを得ず人工血管使用となるケースに遭遇するたびに感じることです。

 早期に的確な情報が得られない場合、多くはアクセスサージャンと透析担当医やスタッフ、それに患者さんの間での情報のやり取りや共有がうまくいっておらず、どこかで情報が止まってしまったり、失われてしまったりしています。三者の間に壁がなく、チームとして機能することによってはじめて的確な治療と必要十分な予防措置を講ずることができると思います。やはりこの点でも一種の責任放棄である「丸投げ」ではいけないのです。誰かがやってくれる、誰かが尻拭いをしてくれる、誰かが責任をとってくれるではなく、各々が自分自身でできる事を考え、報告、連絡、相談のホウレンソウがうまくいく体制が築ければ、チーム医療もうまく機能すると思いますが、現実はなかなか困難です。
 特に上述のチーム医療の範囲が多施設間になると、お互い顔を合わせたこともない人たちが多く存在することにもなり、そのまま放置されると「誰かが…。」といった「丸投げ」体質に容易に陥ります。普段からのホウレンソウの重要性が強調されます。アクセスサージャンには施設を超えたチーム内のスタッフに対する教育や普段から滞りない連絡・相談されやすい体制を作ることが責任として求められると考えます。なかなかに大変な事ではありますが、理想を持ってこの仕事を行いたいと日々自省しています。

バスキュラーアクセス・チェックシートの例:バスキュラーアクセスの状態を把握する目的で透析のスタッフにより定期的にチェックをして点数化し、問題が発生する前にアクセスサージャンの診察を受けることにより早めの対応とアクセスの維持管理に貢献する。上半分は透析スタッフによるチェックシートになっており、それを踏まえたアクセスサージャンの診察所見が下半分に記載されている。



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 人工血管を使用する内シャントに関しての私の基本的なスタンスと考え方は、現状においてはこれまで色々と述べた通りです。
 安易に人工血管を使用する風潮があるとするならば、どうしても否定的に戒める立場になり人工血管を使用することの欠点をあげつらってしまうことになるのですが、そうはいっても昔に比べると素材としてかなり進歩した人工血管はやはり非常にありがたいものである事は間違いありません。

 これまでも述べたように長く透析をしておられる方、また患者さんの病気やその経過などによっては皮下の静脈、すなわち皮膚の上から目視で直接透析用の針を穿刺できる血管がほとんど存在しない場合があります。
 そのような場合でも筋肉などに囲まれた深い部分には静脈も動脈も存在しますから内シャントを作成する、すなわち動脈と静脈をつないで動脈血の一部を静脈に流して血流量を増やす仕組みを作ることは難しい事ではありません。しかし、そのような内シャントを作っても血流量が増えた静脈を皮下に目視して透析用の針で穿刺することができなければ、本来の目的である透析に使用することができませんので、「必要悪」どころか悪そのものの内シャントになってしまいます。

 内シャントの音はすれども穿刺できず。
内シャントは正常に機能していれば独特のシャント音と呼ばれる地下水脈が流れるような音が聴取できるのですが、このシャント音は聞こえて流れていることは確認できても実際に透析にかかわるスタッフが穿刺することができないものを作成はできません。
 ここに内シャント作成の大きな悩みがあります。患者さん自身の血管を使用しての内シャントの作成とは、つまるところお互いが十分に離れた場所に
2本の透析用の針を穿刺することができる皮下の血管(静脈)をなんとか見つけて、適切な動脈と適切な吻合の口径でつなぐデザインをすることに尽きます。皮下の血管を見つけることもむくみなどがある患者さんなどの場合には、むくみが解消されれば適切な血管が存在していても状態によっては見つけることが困難な事もあり、これ自体診断が難しく術前の入念な患者さんの診察が求められます。

 最近は超音波診断装置の発達によりかなり改善されましたが、それでも限界のある場合があります。また見つけられたにしても、その静脈をその位置でそのまま適切な動脈とつなぐことができるのか?つなぐことができたとしてその後どのようにして
2本の透析用の針を穿刺する場所を確保するのか?ということなどに対する想像力を術前に持ちそれを設計することができなければ、患者さん自身の血管を使い倒すことにはなりません。

 どうしても適切な皮下の静脈が見つからない、存在しない時こそ人工血管の出番です。

 人工血管はポリテトラフルオロエチレンやポリウレタンといった人工の素材で作成した直径
5-6mm、長さ約40cmの円筒形の筒です。これを透析スタッフが目視で直接穿刺しやすいように皮下にトンネルを作って通し、片方の端を動脈と、もう片方の端を静脈とつないでその中を動脈血の一部が流れるようにすれば、仮につなぐ血管、特に静脈が深くてそのままでは穿刺できない位置に存在するものであっても皮下を通した人工血管を穿刺することによって透析が可能になる仕組みです。皮下に血管の見つからない患者さんでも深いところには必ず何らかの静脈が存在していますので、人工血管さえ使用すれば大半の患者さんでその日のうちに使用可能な内シャントを作成することができるというアクセスサージャンにとってのいわば切り札、困った時に助けてくれるヒーローであるウルトラマンのようなありがたい存在です。

 現在透析をしておられる患者さんで突然内シャントが閉塞したような場合、透析は一般に週
3回は行わなければならないために次の透析までの間、多くは当日や翌日に何としても使用可能なバスキュラーアクセスを確保しなければならないという時間制限のカラータイマーが点滅していますから、とりわけ入院することなく外来手術で対応する場合には涙が出るほどありがたい存在に思えます。

 それだけに、めったやたらにヒーローに頼ってはならないわけです。ウルトラマンと救急車は適切に呼ぶようにしましょう。

人工血管内シャント作成手術後:動脈と吻合された人工血管は前腕でループを描くようにUターンして上腕の尺側皮静脈につながれている。



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 本当に困ったとき以外には気軽に手を出すべきではない存在、また手を出した以上は生命にかかわる感染などの合併症も含め必ずその後の経過とトラブルの修復に責任を持つ覚悟が無くてはならない存在、それが内シャントにおける人工血管の使用であると思います。作成自体は難しくありませんが、患者さん自身の自己血管を使用した内シャントに比べると、その後の患者さんの透析生活に対する責任は重いように感じます。

 しかし、何とか人工血管の使用を回避しようとやや変則的な自己血管を使用した内シャントの作成を試みた結果うまくいかない時、さらには外来日帰り手術でその日のうちに結果を出さねばならない時、まして普段あまり接触のない他施設からの依頼で行う手術であった時、どうしても人工血管に頼る割合が増えるのは私自身も感じていますし、同じような状態を決して非難する資格はないことを重々承知しています。
 これが入院しての手術であれば一時的な透析カテーテルと呼ばれるものを留置するなどの方法で急場をしのぎ、患者さんさえ理解いただければ日を改めて再度や、あまりあってはなりませんが再々度、適切なバスキュラーアクセスができるまで頑張って人工血管を回避するといった手もあります。しかし、容易に想像できるようにその負担は患者さんにとって大変なことですし、将来発生する可能性がある深刻な危険の回避よりもとりあえず目の前の負担を軽く済ませたくなるのも人情です。

 全てはメリットとデメリットのバランスの上に成り立つものであり、そのバランスは種々の条件によって容易に傾く方向を変えるものである事は当然ですが、やはり難しいものは難しいものです。




人工血管内シャント 10

「ありがたい存在」ということで言うと人工血管に頼らざるを得ない場合、人工血管とつなぐ静脈として尺側皮静脈とよばれる血管の存在、特に上腕の尺側皮静脈は非常にありがたい存在です。

 色々な考え方はありますが、人工血管を使用して内シャントを作成する場合でも最初のケースでは肘部を超えることなく前腕のみで作成することを推奨する文献も多くみられます。
 
 しかし、前腕にてどうしても人工血管とつなぐ適切な静脈の確保が困難な時でも、肘部を少し超えることになりますが、尺側皮静脈とよばれる小指側を走行する血管は、上腕においては肘部の少し上で筋肉を包む膜である筋膜の下に走行することもあってほとんどの患者さんで十分に使用可能な血管として温存されています。

 人工血管とつなぐ動脈の確保は一般にはさほど難しくありませんが静脈には泣かされるので、この血管の存在は本当にありがたく、人工血管の使用を切り札としてくれる重要な要素です。しかもこの血管は比較的まっすぐにワキ、すなわち腋窩まで伸びており人工血管内シャントの合併症としてよくみられる人工血管と静脈のつなぎ目が狭くなって閉塞してしまった場合でも、少しずつ人工血管を腋窩に向かって継ぎ足すことによって何度かの再使用にも耐えることができるこれまたありがたいデザインとなります。

 多くのケースで局所麻酔による日帰り手術であっても対応可能な最終手段として内シャント手術を支えてくれる大切な要素であり、アクセスサージャンは足を向けて寝られない存在が尺側皮静脈であると感じています。

人工血管内シャントの造影写真:血流はループ状になった人工血管を時計回りに流れている。写真において人工血管とつながって体幹方向に心臓へシャント血流が流れている静脈が上腕尺側皮静脈である。