バスキュラーアクセスとシャント


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 一般に血液透析を行うためには1分間に200ml前後の血液を約4時間持続的に採取して透析機械の中に通し、尿毒素物質を除去した血液を再び患者さんの体へ返す仕組みが必要になります。

 このための仕組みがバスキュラーアクセスとよばれるもので、現在その大半を占めるのが内シャントです。内シャントは動脈と静脈を直接つなぐことにより、本来動脈に流れる血液の一部を静脈に短絡(シャント)することによって言わばバイパス路を作成して静脈の血流を増加させて対応するしくみです。

 静脈は一般に皮膚直下に多くの血管がみられますが、動脈は奥深く一般に皮膚の下に目で確認することはできません。通常では手首で脈をとる血管、または痩せた方では肘部付近のやや内側(小指側、尺側と言います)で拍動を触知する血管が動脈です。動脈に直接透析の針を刺す穿刺を行うことができれば問題なく必要な血液量を確保できるのですが、そのままでは上述したように動脈は皮膚の奥深くに存在するため穿刺することが難しく、そのままでは頻回の使用は困難です。

 この点内シャントの仕組みは非常に優れたものであり、現在でもバスキュラーアクセスの主流を占めるだけの十分な理由があります。しかし、バスキュラーアクセスには内シャント以外の方法もあり、現在は非主流ですがそれぞれ一長一短があります。それらの方法を適切に採用することがバスキュラーアクセス「最良の選択」への近道となります。

シャント

透析患者さんの内シャント:手首付近で動脈と皮下にある静脈をつなぐことにより、図にみられるような発育したシャント静脈となる。この発育した血管に脱血と返血のため2本透析用の針を穿刺することにより血液透析を行う。



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 バスキュラーアクセスの主流は内シャントであり、2008年の調査では現在バスキュラーアクセスの95%以上を占めています。

 これまで何十年にもわたる実績を積み重ねてきている非常に優れた仕組みですが、気を付けるべきことは大量に血液の流れる内シャントが良いシャントではないということです。

 患者さんの体にとっては動静脈の短絡(シャント)が存在するという状態は不自然な事であり、心臓から動脈に送り出された血液の一部が内シャントを介して短絡するということは、その分の血液が体の組織にいきわたることなく空回りすることを意味しています。
 内シャントを流れる血液が大量になるということは心臓が本来臓器や組織を栄養するために送り出す必要な血液以外に空回りのために余分な血液を送る仕事が必要になるということであり、その負担が心臓にかかるということになります。つまり大容量の血液が流れる内シャントは心不全の原因となるのです。

人工血管内シャントでの血流の流れ(シャント造影写真):本来はすべて手指など腕の末梢へ流れるはずの上腕動脈血の一部が人工血管で作られた内シャントのルートに流れ込んで静脈に短絡(シャント)することにより、血流が空回りしていることを示している。


この事実は「内シャントは必要悪」であることを意味します。

すなわち程度問題ではありますが、どんな内シャントであれ動静脈の短絡を伴う以上心臓に余分な負担をかけているいわば悪の要素を持っているということです。しかしながら安定した透析を行うためには命綱にもたとえられる必要必須ともいえるしくみであり、このためやや刺激的表現ですが「内シャントは必要悪」と表現することは誠に的確であると考えます。繰り返しになりますが十分なシャントではなく透析に必要最小限のシャントが最も良いシャントと言えるのです。

異常に発育した内シャント:シャント血管が全体に太く過剰に発育した状態。シャント静脈に流れ込んで空回りする動脈血の流量も多く、心臓へ負担をかげることになる。





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「透析に必要最小限のシャント」と一口で言ってもなかなか簡単な事ではありません。

 唐突ですが、シャントが閉塞する前に予防的に
PTAと呼ばれる経皮的内シャント拡張術を行うことが現在広く一般に行われます。

 皮膚から穿刺して挿入したカテーテルを利用して内シャントの流れが悪い狭窄といわれる部分を広げることにより、内シャントの血流を良くする治療です。
 この場合どういった基準で予防的
PTAを行うのかというのが大きな問題になります。予防的に行うPTAの中には、いまだ臨床的には問題になっていない段階で行うこともあります。人工血管内シャントの場合など何らかの症状が出る前に対応が必要なケースも多々見られますが、本当に必要かどうか判断に迷うケースもあります。PTAを行うことにより、不必要にシャント血流を増やして結果として心不全を作るケースもありうると思われるからです。
 身体における健康面から考えるとシャントなどは無い方が良いものなのでシャント閉鎖が起こるということは一種の身体の防御反応と考えることもできなくはありません。風邪や病気を治すと同様の自然治癒力が働いた結果という見方もできると思います。ですからいたずらに「予防」を強調しすぎることにも違和感を覚えます。

 2年ほど前から保険診療上の制約としてPTAは3ヶ月に一回しか医療保険が認められないことになり、現場では少なからぬ当惑と混乱が生じました。
 3ヶ月に一回しか行えないという制約のもとではシャントの維持が困難である患者さんが確かにある程度存在するからです。当初の困惑は最近になってだいぶ落ち着いてきた感はありますが、ほとんどの施設において3ヶ月以内に複数回の施行を要する場合には、各施設が自主的に保険外となる
PTAの費用すべてを負担することで行われています。
 例外を一切認めない現行の制度のままで果たしてよいかどうかの議論はありますが、不必要な
PTAを減らすことは患者さんの処置に伴う苦痛の回数を減らすのみでなく、結果として(大げさですが)生命の改善にもつながるかもしれません。もちろん、医療保険上の不要(?)な部分を節約することが保険医療を維持する上での一番の狙いであることは確かなことですが。

予防的PTAの難しさは費用対効果の問題のみでなく、施行そのものが本当にもろ手を挙げて賞賛される事なのか?といった疑問にもあると思います。

PTA施行中の様子:シャント血管にカテーテルが挿入された状態。接続されたバルーン加圧器を操作することにより、狭くなった血管部分を拡張する。

バルーンカテーテルによる血管狭窄部の拡張:シャント血管内でバルーンを加圧器でふくらまし、狭窄部を拡張したところ。





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「内シャントは必要悪」であるならば、心臓の機能が悪い患者さんに対してはどうすればよいでしょうか?

 ひとつの答えはシャントを伴わないバスキュラーアクセスの仕組みを採用することです。
 カテーテルを体内の十分に太い静脈血管に留置して透析を行えば血流を確保することができ問題ない血液透析をすることができますが、毎回透析ごとにそのような体の奥にある太い静脈にカテーテルを留置することはできません。
 患者さんは体にとって異物であるカテーテルを、いったん留置すると透析を必要とする限り半永久的に体から一部体外に出た状態で維持することになります。人工血管を使用する場合も同じですが、体に異物が入ったままの状態はもし細菌感染が起こると治療がとても困難であり、特に血管の中に留置された異物の場合は容易に全身に細菌が回る敗血症の状態になって生命の危険に直結します。
 自己血管による内シャントはこの点からも非常に優れた仕組みといえるのです。

 異物を使わず、シャントも伴わないで透析に十分な血流を得る方法としては脱血用の穿刺を直接動脈に行うことが考えられます。
 動脈に直接穿刺を行うと透析に必要な1分間に200
ml程度の血液を確保することは容易です。透析機械で尿毒素を除いた後の血液の返血は静脈に行えばよいのです。しかし、動脈は筋肉に囲まれた奥深くに存在するため直接目で見て穿刺を行うことはできず、拍動を触知しながら盲目的に行うか、超音波で確認しながら行うかなどの特殊な穿刺方法と技術が求められます。これを週3回の透析のたびに行うことは一般的にはかなりの負担を伴い困難なことです。

 また、深刻な問題としては穿刺がうまくいかなかったり、仮に穿刺がうまくいっても透析終了後に抜針したりした時に動脈血管周囲に血液が漏れて血腫になりやすい事があります。動脈は静脈と比べて圧が高い事、筋肉に囲まれた深部に存在するため直接圧迫して止血をすることが静脈に比べて難しい事などにより血腫を作りやすくなります。
 さらに動脈は深部にあって重要な神経や筋肉などと一緒に筋膜という強力な膜で囲まれた中に存在しているので、動脈周囲に血腫を作った場合、あまり大きくなると筋膜で囲まれた内部全体の圧がものすごく上がってその中にある重要な神経や動脈自身を高度に圧迫して神経麻痺や血流不全を起こすことがあります。この点が皮膚の下である皮下に存在する静脈周囲の血腫の場合との大きな違いです。

 極論を言いますと皮下に生じた血腫は多少大きくてもせいぜい出血に伴う軽度の貧血や一時的な腫脹、その後のいわゆるアオタン程度で済みますが、深部である動脈周囲の血腫では神経麻痺により患側肢が動かなくなったり、ひどい場合には動脈が圧迫されることによって血液が行かなくなる壊死に近い状態になったりすることも放置した場合にはありえるのです。この点を克服する手段が動脈表在化です。

表在化された患者さんの上腕動脈:上腕の動脈を約10cm強の長さ皮膚の直下に表在化しており、この部分を穿刺して脱血する。



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 動脈表在化はそのままでは穿刺しにくい動脈を深部から皮膚の直下に持ってくるとことによってバスキュラーアクセスとして穿刺可能にする方法です。

 しかし本当に大事なポイントは、そのままでは強力な筋膜に囲まれた深部にある動脈を皮膚直下に持ってくることによって、仮に血腫を作ることがあっても皮下に存在する静脈の周囲に生じた血腫と同様に深刻な問題になることを避けることが出来る点にあると私は理解しています。
 筋膜を破って皮膚直下に動脈を持ってくれば、重要な神経から離れて血腫による圧迫麻痺を防ぐことになりますし、皮膚は筋膜と違って十分に伸びますので皮下血腫は大きく腫れることはあっても麻痺や血流不全といった医学的に深刻な事態には至りにくいのです。また動脈表在化はシャントを伴わないバスキュラーアクセスなので心臓への負荷もなく、また患者さん自身の血管であるため異物も使用しないといった点では理想的なバスキュラーアクセスといえるのです。
 しかし、いまだ主流ではないのには理由があります。

 理由の一つは返血に使用する静脈は通常の状態の静脈ですので、内シャントの血管と違って頻回の使用に耐えられず、穿刺して使用できる場所がだんだん少なくなってついには返血できる皮下の静脈がなくなってしまうことがみられる点にあります。

 内シャントとして動脈と吻合され、一部動脈血が流れることになったシャント静脈はしばらく経過すると徐々に血管壁が通常の静脈より厚くなって動脈に近い状態になってきます。

 シャント静脈の動脈化などと表現されますが、厚くなった静脈血管壁は週三回行われる透析での穿刺にも通常の静脈と比べてはるかに耐用性が長くなります。これも内シャントの優れたところです。加えてそのほかの理由として表在化した動脈も、その表在化される長さが全長でたかだか
10cm程度が限界ですので、かなり心がけて使用しないとどうしても穿刺できる場所がだんだんと限られてきて毎回ほぼ同じ場所を穿刺し続けるようになる事があります。こうなると毎回ほぼ同じ場所の表在化動脈血管を穿刺して傷つけることになりますからその部分の血管壁が弱くなって血管のコブである血管瘤をつくったり、表在化動脈の内腔がだんだん狭くなって狭窄をおこしたりするようになります。
 血管瘤は動脈にできた瘤、すなわち動脈瘤ですから万が一破裂すると大変なことになります。これらのために3年から5年ほどで半数以上の表在化動脈がバスキュラーアクセスとして使用できなくなるといった報告もあります。

表在化動脈に生じた動脈瘤:表在化された上腕動脈の一部が経度ではあるが瘤状になっている。





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 動脈表在化は基本的には理想的なバスキュラーアクセスとしての性質を備えている訳ですから何とか合併症を減らして長期に使用することはできないものでしょうか?

 いまだ検討中ですが、私が期待する方法の一つは動脈表在化バスキュラーアクセスにボタンホール穿刺の方法を組み合わせて行うことです。
 ボタンホール穿刺とは逆転の発想のようですが毎回の穿刺部位を「ほぼ」同じ場所に行うのではなく、あたかもボタン穴にボタンを通すが如く全く同一の場所に毎回穿刺の針を通す方法です。

 「ほぼ」同じ場所に穿刺を繰り返す場合は全く同一の場所ではありませんから頻回穿刺の領域がある程度の幅を持って存在することになるためその部分の血管壁がもろくなって瘤形成などがおこりやすくなるわけです。
 これに対し全く同一の場所にいつも同じように穿刺することになると針によって穿刺される血管壁の穴は針の穴ひとつのみとなりその周囲は穿刺によって損傷されていない全く健常な血管壁構造を保つことになるのです。この方法を表在化された動脈に応用すると針穴以外の動脈壁は保たれるので血管瘤の形成は圧倒的に少なくなることが期待されます。

 前項の写真で示された患者さんの動脈瘤も当施設に転院後ボタンホール穿刺とすることによって、現在までのところ瘤は悪化することなく軽度の状態でとどまっています。また、やや問題はありますが静脈も太めの場所を選んで同じようなボタンホールを作成すれば、通常の静脈であってもある程度長期にわたる使用が期待できると考えています。

 我々のグループにおける透析施設でもいまだ長期の成績は得ておりませんので、今後の結果に期待するところです。確立されれば心臓機能の衰えた高齢者にとっては福音になりますし、必要悪である内シャントの割合を少し減らすことができるかもしれません。

表在化された動脈に対し、我々のグループ内の施設でボタンホール穿刺を行っている実際の動画がYou Tubeにアップされていますので以下にお示しします。

動画はこちらから